福岡高等裁判所 昭和44年(う)15号 判決 1969年4月09日
被告人 井富誉
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人岡本寧雄提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
同控訴趣意(事実誤認又は法令の解釈適用の誤り)について
所論は要するに、(一)、被告人は原判示屋内釣堀において、所定の料金を支払つて釣りを始めたものであるが、原判示の如き禁止規約の存することを知らなかつたものであつて、被告人において右規約を知悉していたとの原判決の認定は、原審証人中山幸一及び同幸子の各証言の評価を誤り、且つ被告人が暴力団の組員であるという予断の下に、事実を誤認したものである。(二)、仮に、被告人が右規約を知りながら原判示の如き方法で鯉を取得したとしても、右は単なる契約違反であつて、可罰的違法性は存しない。のみならず、被告人ははじめに所定の料金を支払つており、鯉が一たん釣針にかかつて水面を離れた限り、その鯉の占有は被告人に帰したものであるから、その後において規約と違つた方法で取得しても、被告人に不法領得の意思があつたものとは解されない。いずれにしても、被告人の所為は犯罪とならないものであるから、原判決を破棄すべきであるというに帰する。
しかし、
(一) 原判決挙示の関係証拠によれば、被告人が所論指摘の釣堀規約を知りながら原判示所為に及んだことが十分認められる。すなわち、司法警察員作成の実況見分調書によれば、横二、六八メートル、縦〇、八九メートルの看板に、「口以外に釣針がかかつたものは無効であること、針にかかつた魚は糸をつまんで引き上げ、アミですくつたり、手でつかんだりすると無効である」ことが明瞭に記載され、これが釣堀水槽上の正面の壁に掲げられていたこと、被告人の検察官に対する供述調書によれば、被告人は右掲示を知つていたこと、更に、被告人の司法警察員に対する供述調書によれば、被告人は以前にも二回にわたり同釣堀で釣りをなし、赤鯉を手でつかみ上げた際、番台の中山幸子から、そんなことはしてはならないと注意されたことがあり、また魚の口以外に針がかかつても無効であることを知つていたとも述べていること、他面、原審証人中山幸子及び同中山幸一の各証言はいずれも右に副うものであり、且つ原審相被告人平川憲雄の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書及び原審における供述の記載とも整合しこれらの証拠及び原審における被告人の供述記載を総合すれば、被告人が右釣堀の前記の如き定めを知つていたことは明かであつて、原判決が前掲証人中山幸子及び同幸一の各証言を措信したことは相当であり、その他原審の証拠の評価につき所論の如き過誤は認められない。
(二) 右に明らかな如く、本件釣堀で釣り上げる魚は、その口に釣針がかかり、その釣糸をつまんで引き上げる方法によつてのみ取得すべきものであつて、右以外の方法又は手段で魚を取得することを許さないものであり、特に、魚の口以外に釣針がかかつた場合又はアミ若くは手でつかんだりして取り上げても、その魚を取得することはできないことを明示し、これを承知の上、釣をする顧客に対してのみ、その需めに応じるものであつたことが認められる。
そうすると、右に反する方法又は手段による魚の取得は、単に約旨に反するのみにとどまらず、所有者たる釣堀経営者の意思に反して、魚の所持を侵奪し、これを自己に移すものであつて、それが公然たると窃かになされようと、領得の意思にもとづく限り窃盗行為に問擬し得べく、右所為が違法であることは明らかである。なお、前掲証拠(特に証人中山幸一の証言)に現われたところによれば、本件鯉の価格は一匹平均約四〇〇円相当であり、右の規約に反する方法による取得を許せば、釣堀営業が経営的に成り立たないようになることも容易に推認され、釣の方法を制限しても格別不当とすべきものは認められないことに徴すれば、右の如き所持侵奪の違法性をもつて微弱であるとはいえないので、これが可罰性を否定すべき理由はない。したがつて、いわゆる可罰的違法性がないという所論は失当というべきである。
また、本件釣堀においては、指定の釣具以外は使用できず、魚の口に釣針がかかつても、糸をたぐり上げることに技術が介入し適切に操作しない限り、糸又は魚の唇が切れるなどして、大半は取得できないことは前掲証拠上明らかであつて、釣針にかかつた魚を水面上まで持ち上げても、これにより占有の移転があつたとは到底認められないものである。しかして、被告人は右の事実及び規約に反して魚を取得することが許されないことも十分知りながら、口以外に釣針がかかつた鯉又は口にかかつた鯉を水槽に手を入れてつかみ上げ、これを持去つたのであるから、たとえ釣りをはじめるにあたり料金を支払つていても、被告人に不法領得の意思があつたものと認めるに十分であつて、これを否定する所論は採用できない。
以上によれば、被告人らの本件所為を窃盗罪に問擬した原判決には所論の如き事実誤認又は法令の解釈適用の誤りを認めることができないので、論旨は理由がない。
そこで、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却することとし主文のとおり判決する。
(裁判官 塚本冨士男 平田勝雅 高井清次)